Profile

枡田 咲子
Sakiko Masudaジャズ作曲・編曲家
ジャズピアニスト
講師(ピアノ・音楽理論・ジャズ作曲法など)

神戸出身のフリーランス作編曲家・ピアニストとして神戸を拠点に活動。
ジャズ・ビッグ・バンドなどの作編曲をミュージック・ストアJPから、全アレンジを担当した任天堂監修 ”マリオ de JAZZ” はヤマハミュージックメディアから出版。

甲陽音楽学院ではジャズピアノ/音楽理論/アレンジ/作曲/イヤートレーニング講師として、神戸電子専門学校では作編曲論の非常勤講師として務める。

ジャズピアノの魅力を少しでも広めたい思いから、神戸新聞文化センターKCCで”誰でもジャズピアノ講座”を開講。

現在に至るまで

幼少よりクラシックピアノを始める。
ピアノが大好きで、とにかく色々な曲を弾くのが好きでした。ピアノが好き過ぎて音大受験を決意するが阪神淡路大震災の影響で精神的に不安定な時期を過ごす。大阪音楽短期大学に入学するも体調は優れず退学。ピアノを弾くこともなく、カウセリングに通う日々を送ります。

ただ音楽を辞めたくない想いから、市内の甲陽音楽学院の存在を知りヴォーカル科に入学します。この時は精神的にピアノを弾く事が出来ませんでした。入学後ジャズに出会い、ジャズピアノに興味を持ち始めます。カウセリングの効果もあってか体調は回復してきて、第2楽器としてジャズピアを始めます。ただクラシックとは楽譜も奏法も、違う事が多過ぎてなかなか思うように演奏は出来ませんでした。上手く弾けない事が悔しくてジャズピアノ科に転科し、毎日6時間以上の猛練習する。同音楽学院提携校バークリー音大学奨学金試験で奨学金を獲得し、ジャズピアノ研究科を卒業します。

卒業後、甲陽音楽学院が提携しているIASJ(International Associated School of Jazz) ジャズ ミーティング パリ大会に参加し、ワークショップやレンスンを受ける。初めての海外は日本人(生徒)は私ただ一人。英語もままならぬ必死でやり過ごす中、世界の音楽やミュージシャンに出会い感銘を受ける。もっとピアノが上手くなりたいと思うようになり、バークリー音楽大学への進学を決意する。

バークリー音楽大学入学後は、どの専攻にしようか迷いもありましたが、当時日本になかったジャズ作曲を専攻。ジャズの作編曲やジャズ対位法をTed Pease氏/Scott Free氏/Greg Hopkins氏、Jackson Schultz氏に、12 tone technique をKen Pullig氏に師事。さすがジャズ名門大学とあって、毎日寝る間もないくらい宿題や課題をこなし、人生の中で一番勉強しました。課題で書いたアレンジが選ばれ、コード・スケール・マッドネス 20th 記念コンサートで演奏される。ハーモニー学部からAlex Ulanowski Award受賞、アワードコンサートに出演する。ジャズコンポジション専攻を首席卒業。

卒業後は帰国し、関西を中心に演奏活動や楽曲をジャズ・ビッグ・バンドに提供や共演と経験を積みます。IAJE (International Associated Jazz Education) ジャズミーティング ニューヨーク大会にグローバル・ジャズ・オーケストラの作編曲/ピアニストとして参加する。

オランダを代表するメトロポール・オーケストラ主催のアレンジャー・ワークショップのメンバーに選抜され参加する。作編曲やオーケストレーションを作編曲家・指揮者のVince Mendaza氏に師事。コンサートでは自作曲をメトロポール・オーケストラに演奏される。これをきっかけに、弦楽4重奏を作曲する機会をもらい、より幅広い編成での作編曲の知識を増やします。

ベルギーのブリュッセル・ジャズ・オーケストラ主催の国際ジャズ作曲コンペティションで自作曲 ”Under the Rose” がゲント・ジャズ・フェスティバルで演奏されBJO Award を受賞(優勝)。観客が投票して選ぶオーディエンス賞も受賞する。この時ばかりは人生変わるかもなんて思いましたが、メジャーなジャンルじゃないだけ、現実なかなかうまく行かないものです。

イタリアのサルデニヤ・ジャズ・オーケストラ主催の国際ジャズ作曲コンペティションでは、自作曲 ”Again” がで入賞。この時は色々なジャズ・オーケストラに自作曲を演奏してもらいたい、という思いで応募しました。曲を作って演奏してもらえるとは本当に光栄な事だと常々思います。

このように海外へ行く事で、旅行する事が好きになりました。海外は違う文化を感じる事ができて面白いです。また海外へ行くと改めて日本の良さを感じたりできます。趣味は、料理や手芸など何か作る事です。